1月5日と6日、山口県萩市と下関市に行ってきました。
長州大好きっ子なら、一度や二度、萩や下関で史跡巡りをしたことのある方も多いと思いますし、
私の拙いレポでは細かな所まではとてもとても再現しきれないので、趣向を変えてみうらじゅんさん言うところの
「いやげもの」(←「誰がこんなもん買うわけ?」と思わせたり、貰っても全然うれしくないお土産品)をたくさん購入しましたので、
一部ご紹介したいと思います。もしかしたら、ご購入済みの方もいらっしゃるかもしれませんが!
私は「晋作グッズ(いやげもの?)」に1万円使いました…。

5日は萩市を巡ったのですが、家族同行だった為、萩博物館だけで終了。
去年の夏に秋吉台へ行き、その帰りに晋作さん生家や松下村塾を巡ったので、「今回は博物館だけね」と言われ、あえなく断念。
萩の旅館でチェックインをする前に、博物館へ行きました。
博物館では「高杉晋作コーナー」へ迷わず進み、晋作さんが幼少時代愛用していたと言われる胴着や、数々のお手紙、ガタに譲ったけれど
惜しくなって返せと迫った瓢箪などを舐めるように視姦して来ました。「お雅ちゃん、夫を語る」といったふうなDVDも上映されており、
お雅ちゃん役の声優?さんが素人なのかプロなのか判断しかねる口調でそこがまたリアルでした。お雅ちゃんの語りは、よく晋作さん本
に載っている「東行は乱暴者でございましたから…」という例のアレです。
「萩の海」を紹介するコーナーをウロウロしていると、係員の男性が丁寧に案内してくれました。
飾ってある魚は、レプリカと思いきや剥製だとか!どうりでリアル!
喫茶店で食べた「夏みかんソフト」も美味でしたし、係りの方も親切でしたし、萩市の皆さんは全体的にお行儀がいいというか何というか、
司馬さんが「街道をゆく」で言っていたとおり、親切な方ばかりでした。父と母は、小学校や中学校時代の校外学習といえば必ず萩の松下村塾
を訪れていたそうなのですが、萩の方は皆、吉田松陰と呼び捨てにするのではなく、「松陰先生」と呼ばれるのだとか。
村塾の歴史を説明してくれる地元のおじいさんが、「松陰しぇんしぇーは」と言っていたことが忘れられないという、どうでもいい思い出まで
聞かされました。しょういんしぇんしぇー。…かわいいかもしれません。
萩博物館で購入したお土産品は、有名な晋作さんの写真が使われた携帯ストラップ(写真が怖いです)、「長州ファイブ」のポストカード、
何故か買ってしまった「道の駅萩往還公園」のガタと木戸さんと博文さんの銅像が写ったポストカード、松陰先生のありがたい言葉が毎月
書かれたカレンダー(中身はほとんど萩の風景写真でした)、「面白き こともなき世に 面白く」という文字と、晋作さんの顔が書かれた
てぬぐい、「長州ファイブ」の面々が描かれた日本酒、「高杉晋作こぼれ話」(一坂太郎さんの本です)、「萩ものがたり」…です。
晋作てぬぐいは、「西へ行く…」と「面白き…」の二種類あったのですが、私はやはり「面白き…」にしました。晋作さんの顔が少し怖いのが難点です。
これは今、私の部屋のパソコンに掛けられています。
松陰先生カレンダーは、毎月めくると先生のお言葉を見ることができるので、ありがたい!と思い購入。
毎月、「安政元年4月15日 江戸伝馬町の獄へ入れられる」など、松陰先生の人生を振り返ることもできます。
博物館で購入したお土産品の中で、一番「何故これを?」と自分でも謎になったのは、ガタ・木戸さん・博文の銅像ポストカードです。
銅像の顔、全く似てないしなぁ…。
晋作さんコーナーの目前にあった大きな「晋作写真」と「奇兵隊絵画」の前で(撮影OKとのことでしたので)写真を撮影したのですが、
撮っていたのは私だけ…。とても恥ずかしかったです。「長州ファイブ」のポスターも、もちろん撮影しましたが!

6日は念願の「東行庵」に行きました。のっけから、「晋作さんとおうのちゃんになれる看板」を発見。
私はおうの、妹は晋作さんの看板から顔を出し、写真を撮りました。物凄くまぬけだったことは言うまでもないです。
「東行庵」はとても静かで、ひっそりと佇んでいました。堂々としていて美しい「東行庵」の標、「これが俊輔の書いた“動けば雷電の如く…”の碑!」
と感動した記念碑や晋作さんお墓、隣に立っている福田侠平のお墓、晋作さんの凛々しい銅像(ギバちゃんに似てると妹は言っていました)、
司馬さんの「長州は奇兵隊の国である」という碑も見れたので大満足です。中でも、やはり俊輔文「動けば雷電の如く」は圧巻でした。
馨ちゃんの一時間以上にもわたる熱弁まで聞こえてきそう。晋作さんのお墓には、きれいな花が添えてありました。
東行記念館では、巨大晋作さん掛け軸がお出迎え。あんなでかいの見たことないです。
中は、晋作さんゆかりの品々(晋作さん愛用の枕やおうのちゃんに贈ったカバン、奇兵隊の旗など)がたくさん展示されていました。
そして、さすがはご当地だなぁと思ったのが、奥に「安部晋太郎コーナー」があったことです。
安部首相が東行庵を訪れた時の様子が、物凄い量の写真でプレイバックされておりました。写真集作れちゃうよ!というくらい。
その奥に、ひっそりと佇む木製?の晋作さん像(小さいですが)が大層怖かったです…。
東行庵で買ったお土産品の中でベストな物といえば、何といっても「高杉晋作像」です。明らかに銅や鉄ではない、軽ーい素材で作られた
手のひらサイズの晋作さん奇兵隊総督、な像ですが、これがまた顔が似ていない。足元の台のような物?に「高杉晋作」と書いてあるので
「ああ、これは総督なんだな…」と思えるものの、何も記載されていなかったら中国の兵馬俑のようで、一種不気味でもあります。
まぁでも、像が入っていた箱には、晋作さんの顔と「東行庵」と書かれたハンコがバーンと押してあったので、それだけで満足でした。
後、目を見張ったのは物凄くマンガチックにかわいくデフォルメされた、晋作さんとおうのちゃんシールです。
かわいいのですが、何だかその、物凄くアニメな感じがして、少し怖い晋作さんストラップは平気で付ける私ですが、
シールはさすがに気後れしてしまい 購入をためらってしまいました。今思うと、記念に買っておけばよかったかもしれません。
晋作さんはあらゆる所でマスコットになっており、「東行庵だより」に載っていた「新しい海峡ウォークのマスコット“晋作くん”」には、
そのユルキャラっぷりに心を奪われました。微妙に男前で好青年風な所がステキです。
「晋作餅」は、焼き立てでほくほくしていて本当に美味しかったです!また食べたい!

そうそう、「道の駅萩往還公園」にも立ち寄ったのですが、晋作さん・松陰先生・久坂さん像と、ガタ・木戸さん・博文像、
品川弥二郎・山田顕義像、野村和作・天野清三郎像がズラリと並んでおり、私は全ての像の前で写真を撮りましたが、晋作さん
はザンギリ頭・奇兵隊服なので見分けがつくのですが、他の志士はほとんどが同じ顔で男前なはずの木戸さんもガタも伊藤閣下もみんな似た顔で
誰が誰やら一見わからない感じでした。晋作さん、この像だと結構な長身です。男前だし。
売店で売っていた、晋作さん・松陰先生・博文閣下の描かれたお酒は、伊藤総理大臣は松平健さん並に大河な感じというか、「濃い」顔をしていて、
松陰先生はいつもの先生ですが、やたらと晋作さんが二枚目に描かれていたことに感慨深くなりました。
この三人のスリーショットというのも珍しい。

こうして、私の山口県の旅は終わり、大量のお土産品が今も部屋の中でゴロゴロしています。
ストラップは携帯に付けましたが、萩の旅館で買ったキティちゃん奇兵隊バージョンストラップと、京都の霊山歴史観で買った
晋作さん人形ストラップが連立していてちょっと怖いです。後、旅館の売店で売っていた「夏みかんちゃん飴」は、かわいいのですが
よくよく考えるとオレンジ色の丸い器に目と口とヘタのシールを貼っただけの代物だったのですが、迷わず購入してしまいました。

「東行庵だより」の表紙が、晋作さん遺品の写真帳で、若き日の俊輔と聞多だったのですが、晋作さんがこの二人の写真をアルバムに
ちゃんと閉じていたんだなぁ、ということを考えただけでも胸がキュンとなります。きゅん(←というジュースが以前ありましたね。美味しかったのに。)
晋作さんのお墓にあった、馨ちゃんと木戸さんが贈与した灯篭とか、ガタの跡継ぎ・山県有道が書いた「暢神」という文字とか、
見るだけでじーんときます。「東行庵だより」の、晋作さんのひ孫さんが書かれた「華族」についての文章も面白かったです。

会社で、萩博物館で購入した晋作さんクリアファイルをこっそり使っているのですが、見るたびにニヤニヤしてしまいます。
それにしても、あのポストカードは一体どうしたものやら…。

皆さんが長州を巡った時は、どんないやげもの、もとい土産物を購入しましたか?とても知りたい今日この頃です!